グローバルキャリア講座

世界の現場で命を救う仕事

June 25, 2018

講演前に配布された“国境なき医師団”のパンフレットを手に、会場に集まった生徒たち。講義の開始まで、パンフレットに目を通しながら、どんな話を聞けるのか期待を膨らませます。

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この日は、国境なき医師団で薬剤師として働いている井上理咲子さんをお招きして、「ひとつの命のために」というテーマで、団体の活動とご自身の経験をお話しいただきました。

「よろしくお願いいたします。このような機会をいただけたことを嬉しく思います」。
優しく穏やかな口調で話しはじめる井上さん。今回のグローバルキャリア講座がスタートしました。

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「世界のいろいろな場所に医療を受けられない人たちがいます。そんな人たちに、世界中から集まったさまざまなスペシャリストがチームを組み、国境を超えて医療を提供するのが“国境なき医師団”です」

国境なき医師団の紹介と共に、薬のスペシャリストとして長年にわたり活動し体験されてきた各国の事情も伝えていきます。

「南スーダンを知ってる人?」「この写真見たことありますか?」と質問を受けたり、日本では考えられないような現地の服装や食べ物の様子を知ったりして、生徒たちは身を乗り出して講義を聞いていました。

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井上さんが薬剤師という職を選んだのは、大学の進路を考えはじめた高校生の時でした。

「当時は国際機関でいろいろな国の人たちと働くことを夢見ていました。国際機関で活躍するためには専門分野が必要だと思って、その時に興味を持っていた薬学の世界を目指しました」

井上さんは大学で薬学を勉強し、大学病院で7年間勤務した後、国境なき医師団の海外派遣スタッフに登録。マラウイへの派遣を皮切りに、南スーダンやパプアニューギニア、熊本地震被災地などでの活動に参加されてきました。

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各国での活動をとおして、専門家同士が手を組み、チームで働くことの大切さを強く感じるようになったと言います。

「国境なき医師団の現場では、直接医療に関わる人以外にもさまざまな人が関わっています。物資を調達する人、インターネットを設置する人、効果や安全のアセスメントをする人などなど、関わる人全てが重要な役割を持ち、誰ひとり欠けても成り立ちません」

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「医者が処方した薬を出すのが一般的な薬剤師のイメージですよね。でも、今はそれだけではダメなんです。医者や看護師が数人のグループをつくり、ひとりの患者と向き合う“チーム医療”が実践され、薬剤師の観点から患者を治すための提案を積極的にしています。さらに、国境なき医師団では、薬の輸入や薬局の管理まで様々な仕事をチームで協力して遂行します」

各国のスペシャリストたちと協力して、日々チーム一丸となって課題を解決していく。そんな世界の現場の仕事について語っている井上さんは、やりがいと誇りに満ちていました。

けれど、そんなチームでも救えない命があったと、井上さんは言います。

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状態が安定したかと思ったら、次の患者を診ている数分の間に亡くなった肺炎の少女や、仮眠から戻ったら亡くなっていた糖尿病の少女など、少し目を離した隙に消えてしまう命を何度も目の当たりにしました。

「医療が整っている日本ではこんなことは起きないのに、なんて不公平なんだと思いました。国境なき医師団の小児科医の加藤寛幸先生が、南スーダンに赴任した後に話された “僕の手のひらから命がこぼれ落ちていくような感覚”ということばに、とても共感します」

厳しい現実に直面しながら、「命を救いたい」という使命を貫く井上さんの想いに触れた生徒たちは、固唾を呑んで静かに聞き入っていました。

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「私はグローバルな課題を医療で解決するというヴィジョンに共感して、国境なき医師団に参加してきました。世界の課題は人ごとではないと思っています。みなさんも、何かの形でグローバルな課題に目を向けて、何かできることを見つけてもらえばと思います」

生と死が交錯する臨床の現場で命の重みを受け止めてきた井上さんのメッセージは、現実感とともに各々の心に響きました。

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「治療をする患者の年齢層を教えてください!やはり小さい子どもが多いのですか?」「危険な地域に行くことに抵抗はなかったんですか?」。さまざまな疑問に、井上さんはひとつひとつ温かな笑顔で答えていました。
生徒たちは、感謝を込めて大きな拍手を送り、この日の講座が終了しました。

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過酷な現場でも明るさを忘れず、スペシャリストとしてチームに溶け込み、医療の課題解決に尽力されてきた井上さん。あくなき使命感と、世界の課題に真摯に向き合う姿に、生徒たちは強く共鳴していました。

Lecturer Profile
井上理咲子
Risako Inoue
2005年東京薬科大学大学院卒業後、慶應義塾大学病院にて薬剤師として勤務。2012年より国境なき医師団の医療援助活動に参加し、マラウイへの派遣を経験。2013年より国立国際医療研究センター病院薬剤部に所属しながら国境なき医師団の医療援助活動を継続し、南スーダン、リビア、熊本、ナイジェリア、シリアに緊急派遣され、活動を行う。