「私はケニアで、『子どもたちの家』という施設をつくり、そこで暮らしています。学費や給食、ストリートチルドレンの支援など、子どもたちの自立をサポートする活動を行っています」
ホールに集まった10年生(高校1年生)の生徒たちに穏やかに語りかけるのは、玉川大学卒業生で、NGO団体「モヨ・チルドレン・センター」を主宰する松下照美さん。
今回のグローバルキャリア講座の講師として、約50年前に大学を卒業してから、ケニアの子どもたちの自立を支援する現在までの軌跡と活動への想いについてお話しいただきました。
「まずは今年の3月に撮影された映像を見ましょう」。
松下さんが映像に解説や補足をしながら、「モヨ・チルドレン・センター」の活動や「子どもたちの家」での生活の様子を紹介。
カメラに向かって無邪気に微笑んでポーズをしたり、サッカーや腕相撲に興じる子どもたちが映し出されると、生徒たちの間からも楽しそうな笑い声が上がります。
「大学生のときは、毎日のように美術館に入り浸っては、いろんな学部の先輩と、自由や政治、芸術について議論をしていました。そうやって先輩に鍛えられて、人との付き合いや心を大事にすることを学んだと思います」
映像が終わると、当時を懐かしむようにお話しをはじめられました。
大学を卒業して幼稚園に勤務、そして結婚と歩んだ松下さんの人生に大きなターニングポイントが訪れたのは、まもなく50歳を迎える頃。パートナーである夫の急逝がきっかけでした。
飢えていた子どもたちの心がピタっと合ったんですね。帰国の日が近づくにつれ、この子どもたちともっと一緒にいたい、一緒に支え合っていきたいと思うようになりました」と振り返ります。
それから数年の準備期間を経て、1999年、ケニアにモヨ・チルドレン・センターを設立し、子どもたちのために尽力されてきた松下さん。現在は、有機農法を通じてストリートチルドレンたちの薬物依存を更生するプロジェクトを進めています。野菜を育て、ヤギやニワトリなどの動物を飼い、自然に触れ合うことで、子どもたちが少しずつ癒されていくのだと話す表情は、子どもたちの未来を包み込むような慈愛に満ちていました。
「たったひとりでも、薬が抜けて次のステップを歩める若者を増やしていきたい。私は “0”と“1”は全く違うと思っています。何もやらなければ“0”です。私はこれからも、ひとりから支援をはじめるよう心がけてきたこの活動に専念します」。
優しくも力強く語ることばから、松下さんの覚悟と、使命を持って働く人の強さがひしひしと伝わってきます。
「みなさん、世界の国々に友だちをつくってください。友だちをとおしてその国の具体や顔が見えてきます。そうして世界をダイレクトに見て感じて、みなさんの世界を広げていってください」
最後にメッセージを伝え講義は終了、満場の拍手が響きました。
「どのようにして薬をやめさせるのですか?」
「 “諦めないこと”です。何度家出しても、ここが居場所なんだと思えるように心を込めて接するんです。薬をやめさせる工夫や仕組みもありますが、最終的には“諦めない”という前提を持つことが大事です」
講義後の質疑応答では、より具体的に松下さんの活動に迫っていきます。
「ケニアでの活動で、何か人生観が変わりましたか?」
「自分が必要とされる喜びを、改めて感じるようになりました。必要とされる限り、一生ここで過ごそうと決めました。自立する子どもたちが少しでも多くなるように、私の力を使ってもらおうと思うようになりました」
ケニアでの厳しい現実とともに、ご自身の“大切な想い”を伝える松下さんに触発され、生徒たちの質問は途切れることなく時間いっぱいまで続きました。
子どもたちを救うという使命に生き、ひとりひとりに向き合い行動し続ける松下さんの姿勢に触れた生徒たちは、覚悟を抱くことの大切さを確信。目の前のことに全力で向き合うという小さな“現実”が、やがて世界を変える力へと広がっていくことを感じ取りました。