グローバルキャリア講座

“無国籍”の境遇から見い出した“グローバルに生きる”ということ

October 1, 2016

「無国籍ということばを聞いたことがありますか?」。その問いかけに、ほとんどの生徒の手が挙がりました。
「では、実際に無国籍の人に会ったことがありますか?」。その問いに挙がった手はありませんでした。

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今回のグローバルキャリア講座は、10年生と11年生を対象に行われました。
講師は、無国籍の研究をされている早稲田大学国際学術院教授の陳天璽(チン・テンシ)さん。現在のキャリアに至った軌跡と、そこから見出された“グローバルに生きるとはどういうことか”についてお話しいただきました。

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陳さんが無国籍の研究をはじめたきっかけは、ご自身の境遇からでした。
台湾国籍を持ち横浜の中華街で生まれ育った陳さんは、1972年、日本と中華人民共和国の国交樹立によって台湾国籍が認められなくなり、国籍を失いました。

「無国籍であるということは、国籍を持たないということです。海外に行くのにいろんなパスポートを持っていかないといけないし、就職する時も、アパートを借りる時も、銀行口座を開設する時も、相手に疑われてしまいます」。
そう話す陳さんが、“無国籍である自分”を切実に感じはじめたのは、大学生の頃だったそうです。

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日本人も留学生も申し込める大学の奨学金に申し込めなかったこと。旅行に行った台湾に入国できず、帰ってきた日本にも入国できず途方に暮れたこと。国際連合の就職面接で、「国連に加盟している国の国籍がないと採用はできません」と言われたこと。
無国籍であるがゆえの出来事に遭遇するたびに、“無国籍の自分”に直面してきた陳さん。「このことから逃げてはいけない」と思い立ち、無国籍について調べはじめたのは大学院の卒業間近の頃でした。

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“無国籍”であることがどういうことなのか、どんな問題があるのか、これまで知ることのなかった実態を聞いて驚く生徒たち。当事者として経験してきた陳さんのお話に真剣に耳を傾けます。

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調べを進めるうちに、国際結婚で生まれた子どもや難民の親を持つ子どもなど、自分以外にも無国籍で困っている人がたくさんいることがわかり、無国籍はひとつの社会問題であると痛感した陳さん。
「まずはこの問題をみんなに知ってもらいたい。国籍がないことで不利益をこうむる社会制度を変えて、無国籍の人も自由に生きていける社会にしたい」。
その強い想いは、その後の陳さんを導いていきました。

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現在は、大学教授として無国籍について研究する傍ら、『NPO法人無国籍ネットワーク』を運営。無国籍についての情報発信やイベントの開催など、無国籍問題に苦しむ人たちが気軽に相談できる場所づくりをされています。

「国籍がどうであれ、出身がどうであれ、その人をそのまま認めるのが大事だと思います。無国籍の人たちがありのままでいられる。そんな場所をつくりたいと思ったのがこの団体をつくったきっかけです」と陳さん。

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最後に、陳さんが尊敬する人物を紹介。「全ての国を愛していて、国に縛られたくないという信念で無国籍のまま活動した医師がいます」。
「彼は、無国籍だからこそ国家を超えて分け隔てなく人と接し、多くの人たちとつながっていました。彼のように国に縛られず絆をつくり、平和を築くことが、“グローバルに生きる”ということではないでしょうか?」
。
柔らかに語りかけることばが、生徒たちひとりひとりの胸に届いていました。

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講演後、多くの生徒が集まり、無国籍問題に関する質問や無国籍の知り合いについての相談、陳さんの活動への賛同などを伝えます。陳さんは、そのひとつひとつにしっかりと向き合ってお話しされていました。

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無国籍という新たなテーマのもと、ありのままの相手と向き合うことの大切さを知った今回の講義。生徒たちは、人として“グローバルに生きる”という新たな視点を学ぶことができました。

Lecturer Profile
陳 天璽
Chen Tien-shi
早稲田大学国際学術院教授。無国籍ネットワーク代表理事。横浜中華街生まれ。筑波大学大学院国際政治経済学博士。30数年間無国籍であった自分の経験から、ハーバード大学、東京大学、国立民族学博物館において、無国籍研究、移民研究に従事。2009年、NPO法人無国籍ネットワークを創設し、無国籍者の支援活動を展開している。